65歳イタリア遊学記 第5回 ウンブリア、トスカーナの旅

8月末で何とか「留学」を終え、残りの12日間はイタリア中部の町巡りをした。以前からトスカーナ周辺の小都市に関心があったが、なかなか自分の都合に合うツアーは見つからなかった。今回、留学のついでに一人で行ってみようと思い立ったが、どこを拠点にして、どう回ればいいのか見当がつかず、インターネットをサーフィンしているうちに、INVIAというイタリア専門の旅行社の存在を知った。アグリツーリズモ(イタリアの農家が経営する宿泊施設)にも強いというので、これだ!と直感した。


早速、INVIAの竹川さんに連絡し、こちらの日程を話すと、すぐにアグリツーリズモを拠点にしたプランを考えてくださった。彼女が提案してくれたアグリツーリズモの中には、私が前から是非行ってみたいと思っていた「マルヴァリーナ」という料理自慢の宿が入っていたので、一も二もなく、そこでの滞在をベースにした旅程の作成をお願いした。おかげで、念願のアグリツーリズモに1週間滞在し、残りの4日間はシエナとフィレンツェで過ごすという、ぜいたくな旅が実現したのである。その旅の模様をかいつまんで書いてみることにする。
9月1日、ローマの下宿を引き払い、指定の列車でローマからアッシージに向かった。アッシージ駅には予約してもらってあったタクシーが待っていた。早速、あこがれのアグリツーリズモ「マルヴァリーナ」へ向かう。オリーブ畑の中の小道をどんどん上って行くと、緑の蔦に覆われたどっしりした建物が現れ、そこが「マルヴァリーナ」だった。
「マルヴァリーナ」本部
「マルヴァリーナ」 下は宿泊棟
「マルヴァリーナ」宿泊棟

早速、オーナーのクラウディオ氏に自分の泊まる宿泊棟へ案内される。アグリツーリズモは日本で言う「農家民宿」などとは全くイメージが異なる。ここ、「マルヴァリーナ」では、オリーブ畑の中にいくつものコテージ風の建物が散在し、プールのほかに、馬小屋や鶏小屋などもある。小生が案内された部屋は、簡素ながら清潔感があり、信州あたりの別荘へ来たような感じである。松の梢を渡る風がすがすがしい。
8時からの夕食を待ちきれず食堂へ行くと、すでに常連らしいイタリア人が何人か談笑していた。オーナーの案内で彼らと同じ長いテーブルに着く。やがて、よだれの出そうな料理が次から次へと運ばれてきた。ここは、オーナーの母上である80歳のマリアおばさんが作る料理が目当てで世界中から客が来るという人気の宿なのである。味はもちろんだが、量の多さに驚く。飲み放題の地元のワインを傾けながら、延々と楽しい夕食が続いた。
小生は早々に酔いが回り、10時過ぎで退席したが、多くの客は11時過ぎまで残っていたようだ。とにかく、ここでは毎晩こんな感じらしい。毎日美食と付き合っているオーナーのクラウディオ氏は満月のような太鼓腹である。客は世界各国から来た熟年の夫婦が多く、小生のような一人客は稀のようだ。
夕食風景
翌日からは、この「マルヴァリーナ」をベースにして、毎日、ウンブリア・トスカーナの町歩きを楽しんだ。車の運転が出来ないので、毎朝タクシーに迎えに来てもらって、アッシージ駅から電車で近郊の町を訪れるというパターン。以下、訪れた町を簡単にスケッチしてみよう。
9月2日 アッシージ 
何はともあれ、地元のこの有名な町を歩いてみなければならない。ここは「清貧」を説いた聖フランチェスコ一色の町。美しいサン・フランチェスコ聖堂にサンタ・キアラ聖堂。日曜のせいもあってどこも人であふれている。人込みにうんざりして、町のいちばんの高みであるロッカ・マッジョーレへ行く。昔の要塞の跡で、パノラマがすばらしい。
9月3日 ペルージャ
ウンブリア州の州都。中世の古色蒼然たる建物が坂道に添ってびっしり並んでいる。
月曜日のため、残念ながらお目当ての博物館には入れず。しかし、生活感のある古い小路を巡り歩くだけで十分に楽しい。
9月4日 スポレート
昨日とは逆方向のスポレートへ。美しい大聖堂と夏の音楽祭で有名な町だが、あいにく今日は朝から雨。大聖堂を見ただけで帰館。夕方、マリアおばさんの「料理教室」に参加。パスタの打ち方などを教わる。
9月5日 フォリーニョ、スペーロ
フォリーニョはごく普通の町で、特に期待はしていなかったが、小路を歩いているうちに古い修道院を見つけ、内部のすばらしいフレスコ画の数々を修道女の説明付きで見せてもらった。まさに、巷の美術館である。続いて、近くのスペーロへ。白い建物が山を埋め尽くすように建つ、小さいが宝石のような町。
9月6日 アレッツォ、コルトーナ
アレッツォでのお目当ては、サン・フランチェスコ教会のピエロ・デッラ・フランチェスコのフレスコ画「聖十字架伝説」の連作。美しく清澄な色調に感動。続いて、バスでコルトーナの町へ。山の上の別天地。すばらしい展望。坂ばかりのこの小さな町にはフラ・アンジェリコの「受胎告知」を展示する教区博物館がある。うっとりするような美しさ。
9月7日 モンテプルチャーノ、ピエンツァ
今日はいよいよマルヴァリーナを発つ日。オーナーとマリアおばさんと握手して別れ、専用車(ハイヤー)でトスカーナの1日ドライブに出発。まず、ワインで有名なモンテプルチャーノへ行く。坂道に沿ってエノテカ(試飲のできるワインショップ)が並んでいる。ここも坂だらけの町だ。広場に面した気持ちのいいレストランで運転手のアントニオと昼食。
次は世界遺産の町、ピエンツァへ。法王・ピウス2世が自分の思い通りに作らせたというキュートな町。ここもトスカーナの展望がすばらしい。まさに絵葉書のようなトスカーナの風景を満喫しながらシエナ入り。お世話になったアントニオと握手して別れる。
このあたりは鉄道が走っていないので車で移動するしかないが、専用車による観光を提案してくれた竹川さんに感謝している。結局この1週間、毎日違う町へ出かけ、帰館後はおいしいワインととびきりのイタリア料理を堪能するという、夢のようなアグリツーリズモ体験だった。
振り返って数えてみると、3か月間の滞在で計14もの町を訪れたことになる。体調は皮肉なことに、「留学後」がいちばん良かった。決して学校が苦痛だったわけではないが、転倒による怪我の影響は大きかった。その怪我の後遺症もアグリツーリズモに来るころにはすっかり消え、思う存分町巡りをできたのはこの上ない幸せだった。
イタリア語のほうは、目を見張るような進歩をしたとは言いがたいが、少なくとも日常会話にはさほど不安を感じなくなった。これからも勉強を続け、もう一度くらい留学してみたいと思っている昨今である。 (終)
                            大 井 光 隆

1 Comment on 65歳イタリア遊学記 第5回 ウンブリア、トスカーナの旅

  1. takekawa // 2008/6/23 at 14:02 //

    大井さんとはマルヴァリーナが結ぶご縁で、
    Club Maggioの会員にもなっていただいたうえ、
    このように素晴らしい記事まで書いていただき、とても嬉しいです。
    ありがとうございます。
    留学記の連載、楽しみに読ませていただきました。
    どの回も臨場感溢れる記事で、留学の様子が目に浮かぶようでした。
    でも旅の時期に脚が治ってよかったですね。
    ローマも坂道や石畳が大変ですが、
    丘の上の街歩きは足腰が丈夫でないと辛いですから。
    ウンブリアとトスカーナには街歩きが楽しい小さな街がたくありますが、
    それにしてもツアーでは絶対行かないところばかり、たくくさん行かれましたね。
    あれ? でも14ヶ所というと、3ヶ所足りないですよ。
    連載がもう終わってしまうのかと思うと寂しいですが、今回紹介されていた街以外のお話は、
    きっとまた聞かせていただけると、楽しみにしています。
    本当にありがとうございました。

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