4. アグリツーリズモ 北から南まで
イタリア人が挨拶を交わした後、必ず尋ねあうことがあります。
– Di dov’e’ (ディ ドヴェ?) – どちらのご出身ですか?と。
仕事でよく接するドライバーとこの手の話になると大変、
おしゃべり好きな彼らに、これ以上格好の話題はないからです。
特に出身地を離れて仕事をしているような人の場合、
ふるさとに対する郷愁とともにお国自慢が始まります。
この"カンパニリズモ"(愛郷心)、
イタリアは百年余り前までは違う国の集まりだったからとよく説明されますが、
彼らのpaeseパエーゼ(村、国、祖国、地域、故郷の意)がいかに他のpaeseと違うのか、
それは実際にイタリアの各地を歩いてみるとよくわかります。
ミラノとフィレンツェのドゥオーモを比べるまでも無く、どんな小さな街にある大聖堂も、
それぞれの地方と時代に特有な建築様式で建てられていて、実に個性的です。
各地のアグリツーリズモでも同じように、
多様な歴史と地域性を感じ取ることができますが、さらにアグリツーリズモには、
街の城壁を出て田園地帯まで足を運ばなければ見えてこないことが、ひとつだけあります。
それはpaeseの個性を作り上げているもうひとつ大きな要素、
すなわち自然風土と、そこに暮らす人間の暮らしが織り成す景観の美しさです。
ではその違いを見るために、イタリアの北と南のアグリツーリズモ二箇所をたずねて見ましょう。
●モンブランとマッターホルンの南、ヴァッレ・ダオスタ
アルプスの山々から豊富な雪解け水を集める渓谷にはローマ時代の水道橋がかかり、
高台に点在する敵の襲来に備えて建てられた中世の城塞が、その渓谷と、
渓谷に沿って作られた道路を走る私たちを見下ろしている…
トンネルや峠を越えればフランスというアオスタも、
古い歴史と豊かな自然の両方を満喫できる地です。
アグリツーリズモの前には牧草地が広がり、
雪をいただく険しくも美しい山を背景に、牛たちがのんびりと草を食んでいます。
建物は、焦がしたような色の木材と石で作られていて、素朴な山小屋風の雰囲気。
アプローチの両側にはピンクのバラが咲き誇り、あたりにはハーブの匂いが漂っています。
夕食の仕度の真っ最中だと言いながらエプロン姿のオーナー婦人が現れ、
少しはにかんだような笑顔で私たちを歓迎してくれるでしょう。
食堂は広く、他の宿泊客と、牧場での作業を終えたオーナーも現れて、
郷土料理を大家族の一員になったような気分で味わいます。
脂肪分の多いハム、バターやチーズ風味の野菜料理、
極めつけはこの地方特産のフォンティーナチーズを使ったチーズフォンデュ。
辛口の白ワインに溶けたチーズをパンに絡めて口に放り込めば、
アルプスの濃厚な味わいが口いっぱいに広がっていきます。
●イタリア半島のかかと、プーリア
オリーブの葉の銀色、チョコレート色の土に咲き乱れるけしの赤、
海岸沿いの岩場にころがる石灰岩の石の白、
そういえば丘の上の街も真っ白に塗りこめられている…
プーリアの色はどれも、青い空を背景にくっきりとした色彩を描いています。
トスカーナの何倍もあるオリーブの太い幹が、畑の中の小道の両側に延々と続き、
道に迷ったかと不安になるころ、広大な農園の一角にあるアグリツーリズモの建物を、
あなたは見つけるでしょう。
石の塀とトベラの生垣が建物をめぐり、アーチの門をくぐると、
スペイン統治時代の面影を残すバロック様式の母屋があります。
その隣の家畜小屋は今はバー、大きな石臼が置かれた昔の搾油所が食堂。
中庭にある扉のひとつはオレンジの果樹園に、ひとつは農園の礼拝堂に続いています。
高齢のオーナーはついに姿を現さないかもしれませんが、
その代わりレセプションスタッフの栗色の髪の少女と、
黒髪に黒い瞳の少年が、気さくに、なにくれとなく世話を焼いてくれます。
遅い時間に始まる夕食をサービスしてくれるのも、もちろんこの少年。
プーリア名物は豊富な野菜の前菜と、オレキエッテといわれる耳の形をした手打ちパスタ。
どの料理にもたっぷりとオリーブオイルが使われています。
もちろん、魚のフライや肉のグリルも美味しい…。
アグリツーリズモを訪れれば、凝縮した時間と空間の豊かさを満喫できるだけでなく、
そこに生まれ暮らす人々にとっていかにその地が重要で大切であるかを、
肌で感じる事ができる… 私はそんなふうに思っています。
(この記事は2006年にJITRAに連載したものです)